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165系急行東海の車輪をクリーニング、そして北大5kmラン [鉄道]

この週末は久々に札幌の自宅で過ごす。昨日の土曜日は完全休養日。

今日は何故か起きたのが11時過ぎ。もう半日過ぎてしまった。

さて、久々に鉄模の手入れ。

今日取り出したのは「165系さようなら急行東海8両セット」
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昭和30年に準急東海として東京名古屋間の客車急行としてスタート。その後昭和32年に80系電車化、昭和33年に後に「東海型」と呼ばれた153系に置き換え、東海道新幹線開通後も存続し昭和41年に急行に格上げ、昭和47年に東京ー静岡間に短縮、昭和57年より165系電車が使用され、平成8年特急格上げとともに引退した。
その特急東海も2007年に廃止されている。

その最後に走った静岡運転所のK3編成をKatoが再現したもの。

この「さようなら東海」は平成8年に発売になったと思われるが、限定販売のためすぐ品切れとなり、どこのショップに行っても置いていることはなく諦めていたところで、3、4年前にたまたま秋葉原の中古ショップに立ち寄ったときに発見して即買いしたものである。

165系は湘南色といわれるカラーで武骨な顔立ちや帯の入ったグリーン車など私が一番好きな車輌である。
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4人がけの直角シートや窓際にあった小さなテーブルやその裏側にあった「センヌキ」などとても懐かしい。
今は名古屋の「リニア・鉄道館」でクモハ165-108とこのK3編成の中に組み込まれていたサロ165-106の2台が保存されているに過ぎない。

そういうことを考えながら、久々に走らせてみるとヘッド・テールライトがチラチラしたり、ノッキングを起こしたりする。線路を拭き、8両の車輪を1個1個アルコールで拭いてやると見違えるようにライトをくっきりつけてスムーズに走るようになった。

本物が走る姿は二度と見れないが模型の世界ではいつでも見ることができる。
これも模型鉄を辞められない理由だろう。

さて、夕方になり少しランに出かける。北大構内を軽めの5kmにする。

気温は8℃くらい。さすがに半袖では寒いので初めて長袖のウェア着用する。

北大の銀杏並木は結構落葉盛んだが、まだ見れる。
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でも下は銀杏の葉のじゅうたんになっている。
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札幌も明日から天気は崩れ、水曜日の夜から木曜日にかけては初雪の予報も出ている。

紅葉もこれが最後、もう初冬の道へ進んでいる。
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EF81敦賀運転派出牽引・24系「寝台特急・日本海」 [鉄道]

帰宅は夕方6時過ぎ。着替えたりすると走りに出かけるのも何となく億劫になる。気温は22℃。走れば気持ちがいいんだろうけど。

模型たちもしばらく触っていなかったので、ちょっとずつ動かしてみる。

線路も拭いたりして昨日に続きまったりとしたひと時。

今日はEF81牽引の寝台特急「日本海」
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開放型A寝台や側面の帯が「金」「白」混在している面白い編成だった。
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実車はこの3月に廃止。結局乗る機会はなかった。一時は函館まで乗り入れていたこともあったんだが。

我が家では元気に走ってくれている。
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C62 2-C62 3 重連「急行ニセコ」 [鉄道]

今日は晴れの一日。夕方から少し曇ってきたけど。最高気温24℃くらい。

一歩も外に出ず。昨日の反動でもないのだが、まあこんな日があってもいいか。

以前購入したC62 3のカプラーをアーノルド型に代えて、
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C62 2も取り出して、
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重連にして、
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かつての函館本線通称「山線」で活躍した伝説のC62重連「急行ニセコ」を再現して。
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線路もアルコールで拭いたり。

こういう癒し系とまったりした一日だった。
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新八代から熊本へ [鉄道]

感動といい思い出が出来た人吉を後に車で新八代へ。

九州自動車道に乗れば1時間もかからなくとても早い。

新八代からは特急「くまがわ」に乗車。
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人吉発のこの特急の何本かは「九州横断特急」としてさらに別府まで足を延ばしている。
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それにしてもJR九州の列車は個性的なものが多く視覚的にも楽しい。普通電車からしてこれである。
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熊本に着いて取りあえず路面電車で街中心部へ。


老舗の「鶴屋百貨店」の屋上に上れば昔の昭和の雰囲気が…
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百貨店の屋上に来るのと大食堂で食事をするのが年に何回かの楽しみだったなぁ。


屋上からは熊本城天守も一望。
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昨日はマラソンで賑わった街も今日は静かだった。

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800系で博多から新八代へ [鉄道]

博多からは九州新幹線に乗車。800系が「さくら」として運用されている。

車内は「和」が満載でトイレにも…
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洗面所にはスダレが…
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窓の日除けはこんな感じで、
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ゴミ箱はまた趣深く…
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ほうほうと感心している間に早くも新八代に着いてしまった。





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雪の函館から札幌へ戻る [鉄道]

函館では1時間半弱時間がある。

駅前は雪だった。駅構内をうろつき、駅前にあるデパート内の本屋へ行ったりしているうちに適当な時間になる。
ちなみに函館駅舎のイメージは連絡船である。
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帰りに乗るのは「スーパー北斗15号」
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実は1本前の「スーパー北斗13号」だと乗ってきた「スーパー白鳥」に8分で接続していたのだが、この「スーパー北斗15号」は函館-札幌間を3時間で結ぶ表定速度109.2km/hの在来線特急の中で最速を誇るのでこれに乗りたかったのだった。函館勤務時は時間的にも丁度よくこの列車をよく利用していたものだ。

もちろん停車駅も函館を出ると、東室蘭・苫小牧・南千歳・新札幌以外には停車せず、五稜郭・大沼公園・森・八雲・長万部・洞爺・伊達紋別・登別を颯爽と通過していく様はなかなか痛快なものなのである。

と言いたいところだが、何せ高崎を出て函館出発時にはすでに8時間半近くが経過。背中は痛いし、腰は痛いし、そんな余韻に浸っているどころではない。疲れすぎて眠ることも出来ず、自分で立てた計画とは言え、後悔してしまう。鉄の風上にも置けないものだ、我ながら。

札幌到着は19時半前後。高崎出発後約11時間半の長い長い列車での旅が終わった。

ブルートレインで旅情を楽しみ浅草で飲んで、知人にも再会でき、鉄道博物館や碓氷峠の鉄道関連施設、最新のE5系や青函トンネル、JR北海道の誇る789系や281系に乗り、鉄道についてちょっとセンチになって、もちろんメインのマラソンで悔いのない走りができ、とても濃密な経験ができて幸せな4日間だった。

これでようやく旅行の報告が終わる。やっと日常に戻れるなー

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新青森到着。「スーパー白鳥」にて函館へ [鉄道]

新青森駅は1面2線のとても簡素な駅。

そのホームに乗車予定のJR北海道789系「スーパー白鳥19号」が待機していた。
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函館までは2時間弱。
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昼食は東京駅の駅弁屋旨囲門で買った米沢駅弁。
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米沢牛を使った牛肉は甘辛く煮られて、脂身のコクと赤身の味が絶妙。またこれがご飯にしみ込んで大変美味しい。付け合せのハンバーグっぽいものもこれもgood!
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と食べ始めるとすぐ青森駅に到着。
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駅はホームにコンビニがあるだけの殺風景な風景。ホームの長さが往時を偲ばせるのは横川駅と同じだな。
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新幹線は便利になったが、不便ながらも触れ合いや温かさがあったがそれはすべてなくなってしまった。
日ごろから便利さを享受しておいてこんなことを言う資格はないんだが。

座席のポケットには「スーパー白鳥」各列車の青函トンネル通過時刻のパンフレットがあった。
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車内の掲示板。蟹田駅と木古内駅の間にトンネルの表示が。
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牛肉弁当を食べながらビールを飲んでいると朝からの移動の疲れか、不覚にもウトウトしてしまい目が覚めたら木古内付近だった。
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北海道新幹線の工事が進んでいた。2015年の新函館(仮称)までの開業を目指しており工事は佳境なのだろう。

そして定刻に函館到着。
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青函連絡船に因んで「銅鑼」のレプリカが。
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昔は連絡船で4時間弱かかった青函も今では2時間弱。これが新幹線が開通したら1時間位になるんだろうか?

「スーパー白鳥」と「スーパー北斗」がこうやって、
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函館駅の長いホームに並んでいるのを見るのも昔はこうだったんだよなーなどと懐かしがって言うのももう時間の問題である。

青森も函館も「はるばる来たぜ~」感はなくなってしまうのだろうなー


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「はやぶさ3号」グランクラス乗車記 [鉄道]

さて定刻に東京駅に着いて「GRANSTA」で駅弁や酒などを購入していよいよ21番線に。

そこには「はやぶさ3号」が進入していた。E4系の方がメインになってしまった。
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初対面だが特徴のあるロングノーズが格好いい。

ロゴも誇らしげである。
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グランクラスのマークが思ったより大きかった。
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評判の革張りのシート。
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シートの後ろには支えがあって後ろに気兼ねすることもなくその位置までリクライニングすることが出来る。
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シートの倒し方は頭、背中、足の部分微妙に調節できるような仕組み。
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3時間10分といえども座りっぱなしはキツイので結構これで微調整して楽になった。

車内は木目調の落ち着いた色合いで、シートに座っていると早速おしぼり、飲み物、軽食の案内が来る。

軽食は和食と洋食から選べ、飲み物もアルコール類、ソフトドリンク類から自由に選べる。

もちろん和食「青森編」にして、午前中からだけど日本酒を頼んでしまった。宮城の塩釜のお酒だった。
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軽食と言いながら結構ボリュームはあって満足できた。青森方面に向かうので青森に因んだ食材を使用している。リンゴを甘く煮たものが印象に残ったかな?
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1時間36分で仙台、そして2時間20分で定刻どおり盛岡到着。
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何せ速い、時速300kmは景色を眺めようにもどんどん後ろへ飛んでいく。旅情も何もあったものでなく往路が「北斗星」だったため尚更そんな感じがして疲れる。

お供の「ポッチャマ君」は大変お喜びであるが。
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そして間もなくかつての終着駅八戸駅をあっという間に通過。
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今まで終着駅だったものが通過駅になってしかもその結果駅を利用する人も少なくなって新幹線と言うのは光と影をそれこそあっという間に運んでくるんだなー

八戸を過ぎると雪だった。
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そして七戸十和田駅を過ぎて長い長い八甲田トンネルを過ぎると定刻に新青森に到着。
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腰を伸ばして階段を下りると吉永小百合様のポスターが。
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一度乗ってみたかったグランクラス。結果的には一度だけでもういいかな、という感じ。まず新幹線の速さに疲れる。そして人の乗り降り(グランクラスとグリーン車は通り抜けとか見学のための入室は出来ないのだが)に落ち着かなく(鉄道だから仕方がないのだが)、サービスも可もなく不可もなくだが飛行機と違い、最初のサービス以降は希望があればこちらが頼まないといけないというところがまあこんなものかな、という感じだった。
そして私は呼ばなかったのだが、一度アテンダントを呼ぶとその呼んだボタンの解除を客がしないといけないのも何だかなーという印象だった。

こういうクラスに乗ると何かしら色々な意味で期待しているものだから、ちょっとそれが違うとうーん?と考える人も多いのではないかな?

まあでもこれからはこのE5系が主流になるということだし、これからもっと洗練されてくるに違いなくまだ1年だから、これでも開業直後よりはよくなっていると思うし、飛行機と是非とも競い合って欲しいものである。

私はE5系はNゲージで楽しもうかと思う。
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高崎から東京へ [鉄道]

鉄道文化村から高崎市内に戻り、飲み会。そんなに飲みすぎもせず、気持ちよく目覚めて、朝食も取らずにホテルを出発。

朝食も取らずにというのは高崎駅弁の「朝がゆ弁当」を購入しようと思ったのだが、売店には置いておらず残念。

コンコースにはだるまの置物も。
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ホームに出ると
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8:01発の「Maxたにがわ476号」が待機していた。
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E4系の独特の風貌、なかなか好みである。
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碓氷峠鉄道文化村 [鉄道]

碓氷峠鉄道文化村」は長野新幹線開通時の平成9年に信越本線横川-軽井沢間が廃止され、同時に横川駅構内にあった横川機関区も廃止されその機関区の跡地を利用して作られた鉄道のテーマパークである。

構内は驚く程広く、迷ってしまいそうである。

迎えてくれるのは189系特急「あさま」。碓氷峠越えのためにEF63と強調できるように183系から改造された形式である。

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上野-長野間を3時間弱で結んでいた。
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189系の運転席は意外なほど高かった。先には保存されているアプト式線路も見える。
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運転機器なども複雑そうで、
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こういうのを操作しながら高い運転席から正確に発進、停止するのはなかなか難しく「勘」に頼る部分が多かったらしい。名人芸だったんだなー

若い案内人の方は「こういう車両の整備はすべて国鉄・JRのOBの方がされています。お話を伺うと鉄道に対する愛情がすごくて、大宮の鉄道博物館でもそうですが頭が下がる思いです。私たちもこの鉄道の歴史を理解し、次に伝えていくために頑張って行きたいと思います」と熱く語っておられた。若くてもその思いがとてもしっかりしている人もいることに話を聞きながら少しジーンとしてしまった。

さて、倉庫の中には信越本線の力持ちEF63 10
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EF62 54
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運転台の複雑な機器
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まつての横川駅の時刻表
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昔信越線が特急銀座だったことが偲ばれる。

アプト式の電気機関車ED42 1
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車体の下のこの歯車とラックレールがかみ合って難所の碓氷峠を越えていった。
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広い園内にはこのほかにも多くの車両が保存されている。
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EF59 1
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昔はよく見たナハフ11 1
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懐かしい直角いす
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今となってはこの灰皿も懐かしい。テーブルの下のセンヌキが泣かせる。
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かつて急行「桜島・高千穂」などはこの形式を含む座席車だけで東京・西鹿児島間を鹿児島本線経由、日豊本線経由で24時間以上かかって運転していたのだから今から考えたら想像を絶することである。

オハネ12 29の3等寝台
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上段・中段の狭さに驚く。

洗面所
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昔は乗客の方が多かったので洗面所も3つもあったんだなー

キハ20 467
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EF65 520
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EF58 172
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国鉄型の電気機関車といえば私の中での一番はこれ。武骨ではあるが愛嬌のある前面が好きだった。
ブルートレインから普通客車から貨物まで牽引した一大勢力だった。
この172号機は日光線でお召し列車まで牽引したという名機である。

EF30 20
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関門海峡専用電気機関車で海水による腐食を防ぐためにステンレス製になっている。

D51 96
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1115両も作られた蒸気機関車の雄。

さらに離れたところにもグレードアップあさまなどが保存されていたが、吹きさらしなのでかなり塗装にダメージが来ているのが心配だった。
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鉄道模型コーナーもあった。
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長編成のHOゲージが走るさまは鉄道博物館よりはスケールが小さいがやはり迫力がある。

有志が作った碓氷第3橋梁の模型もある。
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そうこうしているうちに閉園の時間になり横川駅に向かった。
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横川駅は側線も多く、機関車の付け替えのために全列車が長時間停車した貫禄のある駅だったが側線も廃止され、改札などはこじんまりとしてしまい、わずかにホームの長さだけがその当時を思い出させるものかもしれない。

駅前にはEF63 3の動輪が展示されてあった。
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駅前には峠の釜めし「おぎのや」の本店。
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ひっそりと佇んでいた。
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